心はいつも自由であるべき・・。

皆さん おはようございます!

 連休の人は如何されていますか・・?

レジャーに、家のこまごまとした作業を強いられている方も・・?(^^;)

普通にお仕事に、学業に励む方なども・・・、それぞれにご苦労様であります。


 日本国中がまるでお正月のように、新時代である 「令和」をお祝いするムードの中で活気ついていますが、とても喜ばしいことであります。

世の中が明るく、人の心も未来志向へと向かう中で国も栄えていくというものであります!

 世の中は良くも悪くも・・、誰もが繁栄に、利権に、また権力を求めて生きているのですが?

それが一極集中してしまうことは? とても危険極まりないことであります。

それは国際社会も然りでありますが、縮小図である家庭でも言える事で・・、

封建的なご主人がいることで、各々の心は委縮しそれに準じるものもあればそれに耐えられずに離れていく者も?

一方では封建的な支配下にあるものは、依存度が強く自主性が乏しくなってしまうもので、それを好む人達も世には多く存在するのも事実であります。

 私がこの力をお伝えしていく中で、人の幸せは?という自問自答の中で30数年が経過して来たのですが?

その結論付けは出来ずにいる段階であります。

なぜならば? 一方的に「幸せとは?」を論じてみても?

例えば? その人が満たされない環境であるにも関わらずに、「自分はこれで幸せなのだ」と、多くの事は望まずに、欲を無くす人もいるわけで・・、

それを一方的にまだまだ幸せになる伸びしろはあるのだと言っても?

それがその人にとっては無用なものかもしれずに・・、また無駄な事だということもあるのです・・。

 
 しかし? 自我が目覚め 「これで満足していては成らない!」 と決起する人は、

是非自分の潜在的才能や能力を神我の活用で伸ばし開花させ、縁ある人のお役に立てていただきたいと切に願っているところであります。


 歳を積み重ねて、これでいいのだと満足し、自分に言い聞かせ、それを考え出したとき!


 諦めが先行し、未来志向を曇らせて来たとき!


これは自分中心で保守的な考え方や、生き方からくる思考であるということを、私たちは知らなければなりません。

これを知って自分の人生の判断基準とすることで、後は自分の考えに準じれば宜しいのです。


 人の為に生きている人には、決して欲は枯れることなく、未来志向はいつまでも漲って来るものであります。

自分の守りに就いた瞬間から、未来へ向かっていた運命には衰退がはじまっていくものであります。

 (*これが決して悪い生き方だと言っているのではありませんので、悪しからずに・・。)


 高齢社会の日本国では、健康寿命などと言う言葉が生まれてきていますが?


いつまでもお元気でいるご高齢の方々を見てみますと?

 生きることへの執念と生きる意味を知っている人達で、また人の喜びを我が喜びと転換されている人に絞られているようであります。

寿命は別としましても?高齢でお元気な人は、「目力」が曇ることなくかがやいているということも?

共通するものだということであります。


今日のブログをご覧になられた人には、ご自分の将来と今のご自分の心の状態を照らし合わせて頂きまして、未来を見据えた閃きを呼び込んで頂けましたら幸いかと存じ上げます。(^0_0^)♪



今日のインスピレーション!

 「心は自由であるべきで・・、

 依存と言う選択肢は、多くの可能性を閉じてしまうもの・・。」